昔、常陸の国(茨城県)の小栗邑の領主であった小栗満重の息子、
小栗助重(小栗判官)は、足利氏に攻められ、従者と共に都から落ち延びました。
落ち延びた小栗判官は、旅商人に変装して相州(神奈川県)で照手姫<テルテヒメ>と知り合い、
夫婦の契りを交わしました。
落ち延びた小栗を探していた敵は、人喰い馬に小栗を殺させようとしましたが、
小栗はその馬を楽々と乗りこなしてしまいました。作戦失敗です。
しかしついに小栗は酒に毒を盛られ、従者と共に殺されてしまいます。
照手姫も小栗と同罪として、海に流されてしまいました。
地獄についた小栗は、従者たちの必死の懇願と閻魔大王のはからいにより、
目も見えず、体の自由のきかない「餓鬼阿彌」の姿でこの世に戻されます。
餓鬼阿彌となって生き返った小栗は、遊行上人と出会います。
上人は、「この者、紀州湯の峯の湯に入れたまえ」と書いた板を小栗の首にかけ、
箱車に乗せて相州から送り出しました。
一方、照手姫は静岡に流れ着いた後、岐阜の大垣に売り飛ばされていました。 道行く人の手にひかれ大垣まで来た小栗と再会し、共に湯の峯を目指します。
箱車に乗った小栗と照手姫は、紀州田辺まで辿り着きました。
田辺から湯の峯までは険しい山道の為箱車から馬に乗り換えました。
ところが馬に乗り換えてすぐに、その馬が病に倒れてしまいました。
困っていた所、近くに馬の守り本尊である馬頭観音をまつった「岩間寺」(現・救馬谷 観音)が近くにあることを知ります。
岩間寺に参拝した照手姫は、馬の病気治癒と道中の無事を一心に祈りました。 すると、馬の病はたちまち全快しました。無事、湯の峯についた小栗は、「壺湯」に入りました。
湯治を続ける事21日目、両目が開き、100日を過ぎる頃には元の体に戻りました。
元気になった小栗判官は常陸の国に帰り、小栗家を再興しました。
しばらくして再び岩間寺を訪れた小栗判官と照手姫は、恩返しと感謝の意を込めて 本堂を再建しました。そして馬を救った観音なので「救馬谷観音」<スクマダニカンノン>と名づけ、 広く世の中に伝えました。
この上富田に、「生馬」<イクマ>という字や、「馬川」という川の名前が付いているのも、 この小栗判官伝説に由来していると言われています。 |